【エプスタイン擁護?】私が公園でパンを食べる理由【神をも冒涜?】

【エプスタイン擁護?】私が公園でパンを食べる理由【神をも冒涜?】

written by.岡理辺マナヴ

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これらの事件は決して許されるものではなく、決して擁護しているわけでもありません。

ただ、性善説や性悪説だけでは測れない人間の複雑さを突きつけられたのです。

ゴースト~ヒューマンメイドの幻~

【エプスタイン擁護?】私が公園でパンを食べる理由【神をも冒涜?】
手から聖灰が、、!

生きる意味、それを意識したとき直面したのは”死”という行き止まりでした。

コロナ以降かつての風習が見直され、学校行事や地域イベントしかり色んなものがシンプルに簡略化されてきています。

法事を例にとると、GDP低下にともない家族葬や直葬・墓じまい樹木葬への流れが顕著になりつつあります。

さて、肉体が滅びると魂はどこにいくのでしょうか?

ここでひとつ問題定義を投じたいと思います。

日本の仏教には”戒名”という概念がありますが、お布施の額であの世での位が決まる、突き詰めると

「地獄の沙汰も金次第」制度とも解釈できるのではないでしょうか?

親が付けてくれた名前にはお金が掛からないのに、です。

先祖より位の低い戒名はタブーとされ、お寺のルールに沿った付け直しや、最悪の場合納骨を断られたりもするそうです。

格差社会とよばれる昨今、その言葉通り

“死後にまでそれを持ち込む”のは

いささか疑問が浮かび上がるのは私だけでしょうか?

ちなみに知り合いの住職は、ベンツで巡業しロレックスを身に付けお経を唱えています。

違和感を覚えますが、、

神仏の使い以前に”職業”である

という認識をこちらもはき違えてはいけません。

例えば前章のような忌まわしい事件に加担した人間であっても、資産があれば高位に留まれる。

なんとおかしな儲け話でしょうか。

神仏をないがしろにしてバチ当たりな奴だ!と思われるかもしれませんが、

“戒名というシステム”を疑問視しているだけであって、信仰を否定している訳ではないことはご理解ください。

天国と地獄はどこにあるのか誰も知りません。

現実、人生は一度っきり。

今日は今日しかなく、昨日は戻ってもきません。

ともすれば誰しもが『生きる意味を見つけたい』

心の奥でそう願っているのは、ごくごく自然なことではないでしょうか?

公園でしたい10のこと

【エプスタイン擁護?】私が公園でパンを食べる理由【神をも冒涜?】


次に岡山の光についてのお話です。

その出来事をご紹介する前に、

そもそも私オカリベさんはなぜ仕事をしつつランチパークを始めたのか?というストーリー抜きには語れません。

さかのぼるは幼少期、私はごく普通の家庭で育ちました。

父親といえば休日基本ゴルフで、おそらく子どもと遊ぶのが得意ではなかったのか、

記憶にあるのはキャッチボールも2、3回程度のものでした。

親子の形は様々なのでもちろん尊敬していますが、当時の不満を反面教師にしたのか、

パン子ちゃん(娘)とは色んな遊び場へ行きたくさんの経験を重ねました。

と同時に、

・地域に根差したパン屋さんを発掘する喜び

・お外で一緒に遊んでパンを食べる感動

・物価高騰のなか、お財布にも優しい

これらを共有したい、との思いからランチパークを立ち上げたのです。

その時深くは考えませんでしたが

故郷活性化、

承認欲求、

小銭稼ぎ、

過去の過ちへの贖罪、

正直どれも当てはまっていたのでしょう。

ランチ・イズ・ビューティフル

【エプスタイン擁護?】私が公園でパンを食べる理由【神をも冒涜?】


本題に入ります。

先日私は何とも言えない奇妙な感覚に陥る出来事がありました。

それはランチパークでも取り上げた『わけまろパーク室内ひろば』の取材時、

ある父親と娘さんのふれあいを目撃した時のこと。

4歳ほどの娘さんが、おままごとキッチンで料理を作っていました。

作っては飽き、また別の遊びへ。

すると父親がそっと料理を手に取り、本当に美味しそうに食べ始めたのです。

娘さんは気づいていません。

SNSに上げるためでもなく、

褒められるためでもなく、

ただそこにある“想い”を受け取っていたのです。

これに気づいた瞬間、私は何とも言えない温かい何かがわき上がる感覚をおぼえました。

これは紛れもない、生きる意味にふれたときの”ぬくもり”でした。

私自身にも同じようなシーンがあったでしょう。

しかしそれはまるで映画を観るような、俯瞰でしか見えてこない気づきだったのです。

『誰かが誰かを想い、

その気持ちが誰にも知られないまま存在している』

生きる意味とは出世や成功など大きなものではなく、

こういうささやかな日常に宿るものなのかもしれません。

my happy ending.

【エプスタイン擁護?】私が公園でパンを食べる理由【神をも冒涜?】


人同士は醜く争い、

奪い合い、

時に譲り合う、

そんな歴史を繰り返してきた愚かな生き物です。

それをあらわした冒頭の格言には続きがあり、全文はこうです。

『この世に悪があるとすれば、それは人の心だ。

しかし、